あの日あの時あの場所で?
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夏だ。待ちに待った夏が来た。
さわざわと風に揺れる花。鼻をくすぐる新緑の匂い。色んなものが綺麗に見えて、愛おしく感じるけど、一番いいのは色かな、って思う。
向こうの方に見える山の白色とか、あたり一面の緑色。所々に咲く花の紫色や桃色。年中雪が積もっているようなこんな寒い地方にでも、どこからから芽吹いてきて、花や種をつけるこの季節が私はとても好き。花と言ってもあまり大きくもないし、たまに見かける行商人のおじさんが持ってくる花と比べると見栄えは劣るけど、一年にこの時期にだけ、好きな時に見られると思うと、やっぱり好き。
村から少し離れたいつもの場所で、いつもの様に、あいつが練習してる様子を見学でもしてようかと思って来たんだけど、お目当ての光景が視界には無く、ただ伸び伸びとした主役のいない風景が広がるだけだった。
がっかりしたけど、まぁ待っていればいつか来るだろうと思い至って、少し小高い丘の上の指定席に腰を下ろした。
さわざわと風が吹く。
気持ちいいなぁ。あいつ何やってるんだろ。
そんな事を考えながら仰向けに転がった。ため息がこぼれる。いつもなら居るはずのこの時間にいないって事は、家の手伝いでもさせられてるのかな。
風が頬を伝い、鼻をくすぐっていく感じが気持ちよくて目を閉じる。おばさんに怒られながらも、めんどくさそうに荷解きの手伝いをするあいつの顔を思い浮かべた。顔がニヤニヤしてくるのが分かったけど、まぁ誰もいないし気にしない事にする。
「何してるんだよ! 」
不意に声をかけられて、顔を勢いよく上げた。声の主は絶対あいつだ。ニヤニヤしてたの見られたかな、と不安になって、声の主を確認しようとした。けど、その拍子に何かが顔にぶつかる。ぱすっと気の抜けるような音と共にひざの上に転がったパンを見る。
「何で投げるのさー! 」
あまり状況を確認しもしないでとりあえず怒ったように文句を言ってやった。こそこそ人の顔を覗いたことにも、顔に投げられたパンにも・・私より先にココにいなかった事とか色々頭にきたから。その間に顔を確認してみた・・ら、何故か笑ってる。
「いや、笑ってたからつい」
そう言うと、さらに笑みを深くして声に出してまで笑い始めた。私どんな顔してたんだろ。不安だけど・・まぁいっか。ポジティブなのか単純なのか、怒っていた事を忘れて、笑顔につられて私も笑ってしまう。
「何してたの?」
ひとしきり笑い終えた後であいつに聞いてみた。当の本人はいつもの様に準備運動よろしく体を伸ばして・・はおらず、何故かこっちに向かって歩いて来る。私の近くに来るとかがみこんで、ひざに落ちていたパンを拾い上げると私に差し出してきた。
「何って・・。迎えに行ったのに」
そう、だったのか。ココに来た時がっかりした分、嬉しさが込み上げてきたけど、さっきのようにニヤニヤはせずに顔を背けてこう言った。
「柄にも無い事しないのー」
そう言ってやると、そんなーとか言い出したから横目で様子を伺う。笑ってるのかがっかりしてるのか分からない様な顔をして、そんなーとかまた言い出す。居場所なくふらふらとするパンを持つ手から、私はパンをふんだくると、どうしたのコレと聞いてみた。
「かーさんが見てるだけじゃアレだから渡してあげろって」何が嬉しいのか、少し笑いながらそう答えると、私の隣に腰を下ろした。「ほんと余計なことするよなー」
「あれ・・私、おばさんに言ったっけ?」いつもながら優しいおばさんに感謝したけど、ふと疑問に思ったことを口に出した。あいつの顔をみて少し首を傾げる「見てるの」
「いや俺も言ってないけど、何でか知ってた」
まぁ大方察しはつくけどね。
「家に帰ったとき顔に出てたんでしょ」少し含み笑いをしてそうからかうと、地面へ大の字に寝転がった。「私がいて嬉しんだ」
私はからかったつもりだったのに、あいつは多分出てたんだとは思うけどねとか言い出した。続いて、恥ずかしそうにではなくて、嬉しそうに笑い出す。
そんなセリフ聞いたほうが恥ずかしくなってくるって。からかってるのか、からかわれてるのか、分からなくなった私は、体をがばっと起こすと、あいつの顔を両手で挟んでやった。ぱちっと小気味のいい音がしたすぐ後に、いてっと文句を言い始めたけど、無視して挟んだまま睨み付ける。
「な、なに?」
少し居心地の悪そうに目をそらしたりうごうごし始めたのも無視。離してなんかやるもんか。
「だから何だって!」
この二歳年下のお子様は、私の顔が近くにあるのが嫌なのか、だんだんと抵抗が強くなってきた。
「べつにぃ」
抵抗が強くなっても無視。ジト目で凝視し続けると観念したように私の方を見てきた。その顔が何だかとってもおかしくて笑いが込み上げてくる。
やっぱり、私は夏が好きだ。
こんな時期でなきゃ、外でこんな風に二人で過ごしていられないから。
懐かしい夢だな・・。気だるい体をベッドから起こすと、ベッドの横にあるテーブルからタバコとマッチを取り、火をつける。感傷より先に、渇いた喉から出てくる煙をくゆらせ、隣で横になっている誰だかわからないヤツに紫煙を吹き付けた。
「いつまで寝てるの?さっさと起きなよ」
隣でうなった男は、私に背を向けるよう寝返ると、もう朝かとのたまいはじめた。もう昼間だよと言い返すでもなくベッドから降りると、脱ぎ散らかした服を探しなら下着を身に着ける。ふとさっき見た夢が脳裏を過ぎったが、どんな夢だったかももう忘れてしまっていた。懐かしい夢だった、という感情だけが心を傷つけていく。
「あんた、今日予定あるのか?」
さっきまでうなりながら横になっていた男が体を起こしていて、そう問いかけてくる。細身の男は眩しそうに私を・・いや窓の外を見つめながらだろう。
「特には無いねぇ」私は細められた男の目に、何故だか急に恥ずかしさを覚え、体を桃色の法衣で隠しながら身につける。「どうして?」
「一緒に狩りに行こうかと思って」
そう言うと男の方も服を身につけだす。
「いや・・やめとく」私はそう言うと腰のベルトを少しきつめに締め、ベルトを隠すようにその上から白色の布を締めた。「気分じゃない」
「そうか」いつの間にか手早く魔道士然とした服を身につけたその男は、深く考えるでもなくまたなと言い残すと、ドアを開けて外に出て行った。連絡先を聞くでもなし、二度と会う事も無いだろうに、わざわざ、またな、とか言う人間の気が知れない。
灰皿の上で人知れず紫煙を出し続けていたタバコは根元付近まで灰になっていて、もう吸う気にもならなかったが、私が動くたびにたゆたう煙を眺めていると無性にまたタバコが吸いたくなった。一本20kもするんだから、もう少し真面目に吸えばよかった。
「・・タバコ、買いに行かないとね」
残り少なくなった新しいタバコの事を思い出し、財布をどこにやったか思い出す。昨日は確かドアの近くに置いたはずだった。
杖と共に置いていた貴重品類を視界に入れると、不意にまた懐かしさが込み上げてきた。私には使えない短剣が、杖や財布、アクセサリーと共に無造作に置いてある。
あいつの短剣。
少し・・故郷に顔を出してみるのもいいかな、と思ったのはその時が初めてだった。
さわざわと風に揺れる花。鼻をくすぐる新緑の匂い。色んなものが綺麗に見えて、愛おしく感じるけど、一番いいのは色かな、って思う。
向こうの方に見える山の白色とか、あたり一面の緑色。所々に咲く花の紫色や桃色。年中雪が積もっているようなこんな寒い地方にでも、どこからから芽吹いてきて、花や種をつけるこの季節が私はとても好き。花と言ってもあまり大きくもないし、たまに見かける行商人のおじさんが持ってくる花と比べると見栄えは劣るけど、一年にこの時期にだけ、好きな時に見られると思うと、やっぱり好き。
村から少し離れたいつもの場所で、いつもの様に、あいつが練習してる様子を見学でもしてようかと思って来たんだけど、お目当ての光景が視界には無く、ただ伸び伸びとした主役のいない風景が広がるだけだった。
がっかりしたけど、まぁ待っていればいつか来るだろうと思い至って、少し小高い丘の上の指定席に腰を下ろした。
さわざわと風が吹く。
気持ちいいなぁ。あいつ何やってるんだろ。
そんな事を考えながら仰向けに転がった。ため息がこぼれる。いつもなら居るはずのこの時間にいないって事は、家の手伝いでもさせられてるのかな。
風が頬を伝い、鼻をくすぐっていく感じが気持ちよくて目を閉じる。おばさんに怒られながらも、めんどくさそうに荷解きの手伝いをするあいつの顔を思い浮かべた。顔がニヤニヤしてくるのが分かったけど、まぁ誰もいないし気にしない事にする。
「何してるんだよ! 」
不意に声をかけられて、顔を勢いよく上げた。声の主は絶対あいつだ。ニヤニヤしてたの見られたかな、と不安になって、声の主を確認しようとした。けど、その拍子に何かが顔にぶつかる。ぱすっと気の抜けるような音と共にひざの上に転がったパンを見る。
「何で投げるのさー! 」
あまり状況を確認しもしないでとりあえず怒ったように文句を言ってやった。こそこそ人の顔を覗いたことにも、顔に投げられたパンにも・・私より先にココにいなかった事とか色々頭にきたから。その間に顔を確認してみた・・ら、何故か笑ってる。
「いや、笑ってたからつい」
そう言うと、さらに笑みを深くして声に出してまで笑い始めた。私どんな顔してたんだろ。不安だけど・・まぁいっか。ポジティブなのか単純なのか、怒っていた事を忘れて、笑顔につられて私も笑ってしまう。
「何してたの?」
ひとしきり笑い終えた後であいつに聞いてみた。当の本人はいつもの様に準備運動よろしく体を伸ばして・・はおらず、何故かこっちに向かって歩いて来る。私の近くに来るとかがみこんで、ひざに落ちていたパンを拾い上げると私に差し出してきた。
「何って・・。迎えに行ったのに」
そう、だったのか。ココに来た時がっかりした分、嬉しさが込み上げてきたけど、さっきのようにニヤニヤはせずに顔を背けてこう言った。
「柄にも無い事しないのー」
そう言ってやると、そんなーとか言い出したから横目で様子を伺う。笑ってるのかがっかりしてるのか分からない様な顔をして、そんなーとかまた言い出す。居場所なくふらふらとするパンを持つ手から、私はパンをふんだくると、どうしたのコレと聞いてみた。
「かーさんが見てるだけじゃアレだから渡してあげろって」何が嬉しいのか、少し笑いながらそう答えると、私の隣に腰を下ろした。「ほんと余計なことするよなー」
「あれ・・私、おばさんに言ったっけ?」いつもながら優しいおばさんに感謝したけど、ふと疑問に思ったことを口に出した。あいつの顔をみて少し首を傾げる「見てるの」
「いや俺も言ってないけど、何でか知ってた」
まぁ大方察しはつくけどね。
「家に帰ったとき顔に出てたんでしょ」少し含み笑いをしてそうからかうと、地面へ大の字に寝転がった。「私がいて嬉しんだ」
私はからかったつもりだったのに、あいつは多分出てたんだとは思うけどねとか言い出した。続いて、恥ずかしそうにではなくて、嬉しそうに笑い出す。
そんなセリフ聞いたほうが恥ずかしくなってくるって。からかってるのか、からかわれてるのか、分からなくなった私は、体をがばっと起こすと、あいつの顔を両手で挟んでやった。ぱちっと小気味のいい音がしたすぐ後に、いてっと文句を言い始めたけど、無視して挟んだまま睨み付ける。
「な、なに?」
少し居心地の悪そうに目をそらしたりうごうごし始めたのも無視。離してなんかやるもんか。
「だから何だって!」
この二歳年下のお子様は、私の顔が近くにあるのが嫌なのか、だんだんと抵抗が強くなってきた。
「べつにぃ」
抵抗が強くなっても無視。ジト目で凝視し続けると観念したように私の方を見てきた。その顔が何だかとってもおかしくて笑いが込み上げてくる。
やっぱり、私は夏が好きだ。
こんな時期でなきゃ、外でこんな風に二人で過ごしていられないから。
懐かしい夢だな・・。気だるい体をベッドから起こすと、ベッドの横にあるテーブルからタバコとマッチを取り、火をつける。感傷より先に、渇いた喉から出てくる煙をくゆらせ、隣で横になっている誰だかわからないヤツに紫煙を吹き付けた。
「いつまで寝てるの?さっさと起きなよ」
隣でうなった男は、私に背を向けるよう寝返ると、もう朝かとのたまいはじめた。もう昼間だよと言い返すでもなくベッドから降りると、脱ぎ散らかした服を探しなら下着を身に着ける。ふとさっき見た夢が脳裏を過ぎったが、どんな夢だったかももう忘れてしまっていた。懐かしい夢だった、という感情だけが心を傷つけていく。
「あんた、今日予定あるのか?」
さっきまでうなりながら横になっていた男が体を起こしていて、そう問いかけてくる。細身の男は眩しそうに私を・・いや窓の外を見つめながらだろう。
「特には無いねぇ」私は細められた男の目に、何故だか急に恥ずかしさを覚え、体を桃色の法衣で隠しながら身につける。「どうして?」
「一緒に狩りに行こうかと思って」
そう言うと男の方も服を身につけだす。
「いや・・やめとく」私はそう言うと腰のベルトを少しきつめに締め、ベルトを隠すようにその上から白色の布を締めた。「気分じゃない」
「そうか」いつの間にか手早く魔道士然とした服を身につけたその男は、深く考えるでもなくまたなと言い残すと、ドアを開けて外に出て行った。連絡先を聞くでもなし、二度と会う事も無いだろうに、わざわざ、またな、とか言う人間の気が知れない。
灰皿の上で人知れず紫煙を出し続けていたタバコは根元付近まで灰になっていて、もう吸う気にもならなかったが、私が動くたびにたゆたう煙を眺めていると無性にまたタバコが吸いたくなった。一本20kもするんだから、もう少し真面目に吸えばよかった。
「・・タバコ、買いに行かないとね」
残り少なくなった新しいタバコの事を思い出し、財布をどこにやったか思い出す。昨日は確かドアの近くに置いたはずだった。
杖と共に置いていた貴重品類を視界に入れると、不意にまた懐かしさが込み上げてきた。私には使えない短剣が、杖や財布、アクセサリーと共に無造作に置いてある。
あいつの短剣。
少し・・故郷に顔を出してみるのもいいかな、と思ったのはその時が初めてだった。
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by factfinder
| 2006-05-01 00:01
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